松山市中心部に位置する城山公園(堀之内地区)は、都市公園であると同時に、国史跡「松山城跡」に指定された極めて重要な歴史空間です。このため、公園整備にあたっては、天守や石垣といった地上の遺構だけでなく、地下に眠る溝・建物跡などの埋蔵文化財の保存にも最大限の配慮が求められます。
松山市では、平成13年以降、発掘調査の成果を踏まえながら、史跡の価値が市民や来訪者に伝わる公園整備を継続的に進められてきました。平成22年には第1期整備が完了し、江戸時代の道路や町割りを再現した緑地空間が整備されています。現在は、北側未整備エリアを中心に「第2期整備基本計画」に基づく段階的な整備が検討・推進されており、史跡の保存と都市公園としての利便性・防災性・学習機能を調和させた新たな公園像の構築が目指されています。
城山公園(堀之内地区)第2期整備の概要
1.城山公園(堀之内地区)の基本的位置づけ
松山市中心部に位置する都市公園と国史跡「松山城跡」が重なる貴重な歴史空間。
天守・石垣・地下遺構を含む文化財価値と市民利用機能の両立を担う中核エリア。
2.文化財保護法に基づく厳格な保存・規制条件
現状変更に文化庁許可を要する制度的制約と設計・施工段階での詳細協議。
掘削深度・景観・施設内容まで管理される史跡保存最優先の整備条件。
3.第1期整備における歴史空間の可視化
戦後利用施設の移転と発掘調査成果を踏まえた段階的公園再編。
江戸期道路・町割り再現による歴史景観の復元と市民利用の両立。
4.施設整備における用途制限と長期固定化
便益施設のみ限定的に許可される厳しい施設設置ルール。
大規模施設・遊具設置不可と補助制度制約による土地利用の固定化。
5.第2期整備基本計画の策定背景と対象範囲
北側未整備区域約6ヘクタールを対象とする段階的整備方針。
三之丸御殿跡を中心とした発掘成果反映型整備の推進。
6.専門家連携と市民参加による計画形成
多分野専門家委員会と行政機関による検討体制。
パブリックコメントを通じた利用者視点の計画反映。
7.歴史・観光・防災を統合する将来像
都市計画・景観・緑地施策と連動した総合的公園機能の構築。
歴史体験・観光拠点・防災拠点を兼ね備える都市中枢公園像。

城山公園は、松山城の本丸・二之丸・三之丸跡を含む広大なエリアから構成され、昭和27(1952)年にその大部分が国史跡「松山城跡」として指定されました。松山城は、加藤嘉明が築城に着手し、蒲生忠知によって完成した近世城郭であり、江戸時代を通じて松平氏が管理した歴史を持ちます。


明治以降は一時廃城となりましたが、天守をはじめとする多くの建造物が奇跡的に残され、現在は重要文化財・登録有形文化財として保存されています。一方、公園としては明治期から市民に開放され、戦後は都市計画公園「城山公園」として位置付けられ、松山市中心市街地における貴重な緑地・憩いの場として機能してきました。

史跡に指定された土地では、文化財保護法に基づき、建物の設置、地面の掘削、工作物の設置など、現状を変更する行為は原則として文化庁長官の許可が必要となります。遺構の破壊だけでなく、景観や歴史的価値を損なう行為も認められません。
そのため、城山公園(堀之内地区)の整備では、設計段階から文化庁との協議が必須となり、工事の内容や施工方法、掘削の深さ、景観への影響まで細かく調整されます。史跡を「活用」しながらも、「保存」を最優先とする制度的枠組みが、公園整備の前提条件となっています。


堀之内地区は、戦後長らく市営球場、庭球場、病院、文化施設などが集積する市民利用空間として活用されてきました。しかし、施設の老朽化が進む中で建替えを検討した結果、地下に多くの遺構が残されていることから、新たな大規模建築は困難と判断され、スポーツ施設は松山中央公園へ移転しました。
その後、市民・学識経験者による整備検討委員会の議論を経て、「城山公園(堀之内地区)整備計画」が策定され、発掘調査成果を生かした歴史的景観の再構築が進められました。平成22年には、江戸期の道路や町割りを表現した緑地広場が完成し、史跡の可視化と市民利用を両立させた第1期整備が実現しています。


第1期整備では、すべての設計・施工段階において文化庁との協議と許可取得が行われました。その中で示された代表的な指導内容が、公園利用の在り方を大きく規定しています。トイレや東屋など最低限の便益施設は、景観への配慮や浅い掘削を条件に設置が認められました。一方で、すべり台やブランコなどの遊具は、史跡の価値向上につながらないとして認められていません。また、サッカースタジアムや商業施設などの大規模施設の新設も原則不可とされ、既存施設についても建替えは認められていません。
さらに、国庫補助を受けて整備した区域は用途変更が事実上できず、補助金返還制度の適用も難しいという制度的制約が存在します。こうした条件が、堀之内地区の土地利用を長期的に固定化する要因ともなっています。

第1期整備完了から約10年が経過し、市民からも北側未整備区域の早期開放を求める声が高まっているとのことです。加えて、新たな発掘調査成果や社会環境の変化を踏まえ、計画内容の更新が必要となりました。

これを受け、令和元年度に策定された「史跡松山城跡保存活用計画」を基礎とし、「城山公園(堀之内地区)第2期整備基本計画」が新たに策定されています。対象範囲は、堀之内北側の未整備区域約6ヘクタールで、今後はこのエリアを中心に段階的な整備が進められる方針です。特に、藩政の中枢であった三之丸御殿跡については、詳細な発掘調査を実施した上で、成果を反映した整備が予定されています。

第2期整備にあたっては、考古学、建築学、造園学、防災学など多分野の専門家からなる「史跡松山城跡整備検討専門委員」が設置され、文化庁や県教育委員会と連携しながら検討が進められました。
また、令和3年にはパブリックコメントが実施され、球技場整備、自転車動線、植栽、子ども向け施設など多様な意見が寄せられています。すべてが反映されたわけではありませんが、史跡保存とのバランスを取りながら、利用者視点を計画に取り込む姿勢が示されています。歴史資産を扱う公共空間において、専門性と市民参加を両立させる点が、この事業の大きな特徴です。


城山公園(堀之内地区)の整備は、単なる緑地整備ではなく、文化財保護、観光振興、防災機能、市民学習の場づくりを同時に担う都市基盤整備でもあります。上位計画である松山市総合計画や都市計画マスタープラン、景観計画、緑の基本計画とも整合を図りながら、歴史的景観の保全と快適な公園利用の両立が目指されています。
今後、第2期整備が進むことで、松山城の歴史的価値を体感できる空間がさらに拡張され、市民の日常利用から観光、防災拠点まで、多面的な役割を担う「歴史と都市が共存する公園」へと進化していくことが期待されます。
最終更新日:2026年1月24日