かつて「花と緑の遊園地」として多くの人々に親しまれた向ヶ丘遊園の跡地が、長い沈黙を破り、ついに新たな再生へと動き出します。小田急電鉄株式会社が推進する「向ヶ丘遊園跡地利用計画」は、「人と自然が回復しあう丘」という詩的なコンセプトを掲げ、自然と都市生活、過去と未来、人と地域をつなぐ全く新しい形の複合開発を目指すものです。
現地に再掲示された事業計画によると、2026年2月上旬に着工し、2030年3月下旬の完成を予定しています。設計には、建築と地域デザインの分野で高い評価を受ける古谷デザイン、UDS、バカンスなどが参画し、単なる商業開発ではなく、風景や記憶を継承する「再生型まちづくり」を志向しています。跡地は生田緑地の自然環境と連携しながら整備され、商業・温浴・自然体験の3エリアを柱に、人が自然と共に生きる未来志向の丘陵都市空間として生まれ変わる予定です。
向ヶ丘遊園跡地利用計画の概要
1.計画の目的と背景
1927年開園、2002年閉園の「向ヶ丘遊園」跡地を再生する小田急電鉄による大規模プロジェクト。長年未利用であった約16万平方メートルの土地を、地域と自然の共生をテーマとした再開発による再生。
2.開発の基本理念
「人と自然が回復しあう丘」を掲げた、人と自然の双方向的な癒しと再生を目指す開発方針。自然との共生や循環を重視したサステナブルなまちづくりの推進。
3.事業のスケジュール
2026年2月上旬着工、2030年3月下旬完成予定の長期プロジェクト。設計・監理には古谷デザイン、UDS、バカンスなど、地域デザインや建築分野で実績を持つチームの参画。
4.敷地の規模と立地
川崎市多摩区長尾2丁目342番21外に位置する約16万平方メートルの広大な丘陵地。小田急線「向ヶ丘遊園駅」や「登戸駅」に近接し、生田緑地やばら苑と一体的に整備される立地条件。
5.開発エリアの構成
商業施設エリア・温浴施設エリア・自然体験エリアの三ゾーンによる複合構成。買い物や飲食、温泉やサウナ、グランピングなどを通じて“日常の中の非日常”を体感できる空間形成。
6.川崎市との協働によるまちづくり
2004年の「向ヶ丘遊園跡地に関する基本合意書」に基づく公民連携型の開発体制。生田緑地ビジョンと連携した「花と緑の憩い・賑わい・交流ゾーン」の創出。
7.将来像と地域への期待
人・自然・文化をつなぐ新たなランドマークとしての再生。自然環境の保全と地域経済・観光の活性化を両立し、次世代へと継承される丘陵都市空間の創出。

向ヶ丘遊園は、1927年(昭和2年)に開園した関東有数の遊園地であり、多摩丘陵の豊かな自然を背景に、家族連れや観光客の憩いの場として長年にわたり親しまれてきました。園内にはモノレールや観覧車、ばら苑などが整備され、戦後のレジャーブームを象徴する存在でもありました。特に春の桜、初夏のバラ、秋の紅葉といった四季折々の花景が訪れる人々を魅了し、「花と緑の遊園地」としてその名を全国に知らしめました。
しかし、時代の変化やレジャー多様化の波を受け、2002年3月に惜しまれつつ閉園。その後、跡地の約7万平方メートルが川崎市により取得され、「生田緑地ばら苑」として整備・開放されました。一方、小田急電鉄が所有を続けてきた約16万平方メートルの広大な土地が、今回の再開発対象地となります。場所は川崎市多摩区長尾2丁目に位置し、小田急線向ヶ丘遊園駅や登戸駅からも至近で、都心からのアクセスにも優れた立地です。

本計画の基本理念は、「人と自然が回復しあう丘」という言葉に凝縮されています。これは、かつての豊かな自然を取り戻すだけでなく、人が自然との触れ合いを通じて心身を癒し、自然も人の営みによって再生していくという、双方向の関係性を意味しています。かつてこの地が都市生活者に“自然の豊かさ”を思い出させる場であったように、再び現代人が自然とのつながりを取り戻す拠点にしようという強い意志が込められています。
小田急電鉄は、この開発を単なる土地利用の更新ではなく、地域の生態系や文化の循環を再構築するプロジェクトとして位置付けています。人の活動と自然の回復が同じ場所で共鳴し合うような、サステナブルな開発を目指す姿勢が随所に見られます。

向ヶ丘遊園跡地の再開発エリアは、全体を「商業施設エリア」「温浴施設エリア」「自然体験エリア」という三つのゾーンに分け、互いに補完し合う構成となります。商業施設エリアでは、買い物や飲食を通じて地域の人々や観光客が交流できる賑わい空間を整備します。温浴施設エリアでは、緑に囲まれた癒しの場を提供し、日常の疲れを癒やすリトリートのような体験が可能になります。そして自然体験エリアでは、グランピングや屋外活動を通じて、子どもから大人までが自然とのふれあいを楽しむことができます。
これら3つのエリアが一体となることで、「日常の延長にある非日常」を感じられる多層的な空間が形成され、都心から近い距離でありながら、自然と調和した時間を過ごせる“都市型リゾート”としての機能が生まれます。


商業施設エリアは、低層の分棟型建築を基本とし、緑と風が通り抜ける開放的なデザインが採用される予定です。飲食店やカフェ、地域産品の販売店舗などが集積し、単なる商業空間ではなく、地域をつなぐ「ハブ」として機能します。特に、生田緑地やばら苑など周辺観光資源との回遊性を高める動線設計が重視されており、訪れる人々が自然と足を運びたくなるような場所づくりが行われます。
広場やテラス空間では、マルシェや季節イベントが定期的に開催される構想もあり、地元住民と観光客が自然に交流する「開かれた丘の広場」が生まれることでしょう。

温浴施設エリアには、緑に包まれた日本家屋風の温泉・サウナ施設が計画されています。露天風呂からは多摩丘陵の自然と、遠く都心部を見渡す雄大な眺望が広がり、訪れる人々に非日常的な癒しをもたらします。加えて、貸切個室風呂や大型サウナ、岩盤浴など多彩な設備を備え、心身を整えるための充実した空間が整備される予定です。
また、宿泊機能を持つ施設の導入も検討されており、温泉リゾートとしての滞在体験を提供する構想も浮上しています。地域住民にとっては気軽に訪れられる日帰りの癒しスポットとして、また観光客にとっては小旅行感覚で楽しめる宿泊拠点として、幅広いニーズに応えることが期待されています。


自然体験エリアでは、既存の樹林や地形を最大限に活かし、自然を感じながら遊べるアウトドア体験空間が整備されます。グランピングやキャンプ、ネイチャーワークショップなどを通じて、来訪者が自然と直接触れ合うことができる仕組みが用意される予定です。さらに、環境教育や地域の自然資源を学ぶための「学びの森」構想も検討されており、自然と共に生きるライフスタイルを発信する場としての役割も担います。
こうした活動を通じて、子どもたちが自然の大切さを体感し、大人が心をリセットすることができる、“都市の中の自然再生モデル”が実現します。



向ヶ丘遊園跡地の再生は、小田急電鉄単独の開発ではなく、川崎市と連携した公民協働によって進められます。2004年に締結された「向ヶ丘遊園跡地に関する基本合意書」を基盤に、両者は環境共生を最重要テーマとして、自然と共に生きる新しい都市像を描いてきました。その後、川崎市は「生田緑地整備の考え方」(2020年)や「生田緑地ビジョン」(2024年改定)を策定し、跡地を含む東地区を「花と緑の憩い・賑わい・交流ゾーン」として位置付けました。
小田急と川崎市は、ばら苑の再整備や防災拠点機能の強化をはじめ、景観・観光・教育の観点からも連携を深めており、地域全体の活性化に向けた包括的なまちづくりが進められています。

川崎市は2024年11月に公表した「新たなミュージアム基本計画(案)」の中で、ばら苑およびその周辺区域を新ミュージアムの開設候補地として位置付けました。このミュージアムは、生田緑地と向ヶ丘遊園跡地を文化と自然の両面からつなぐ拠点となり、芸術・学び・地域交流を融合させる象徴的施設として期待されています。
また、アクセス路は小田急の開発地を通じて整備される見通しであり、緑と文化が一体となったエリア全体の回遊性がさらに高まることになります。これにより、跡地開発とミュージアム計画が相互に補完し合い、地域の新たな文化的アイデンティティの形成につながると見られています。

現地の建築計画によれば、工事着手は2026年2月上旬、完了は2030年3月下旬を予定しています。敷地面積は約7万1千平方メートル、延べ床面積は約1万平方メートル規模で、鉄筋コンクリート造・木造・鉄骨造など複数構造を組み合わせた建築が行われる見通しです。用途は店舗、ホテル、オフィス、公衆浴場、店舗併用住宅など多岐にわたり、地域の暮らしと観光の双方を支える多機能型拠点が誕生することになります。
長年にわたり閉ざされてきた丘が、再び人々を迎える日は目前です。「人と自然が回復しあう丘」という理念のもと、かつての記憶と新たな価値が融合し、次の時代の向ヶ丘遊園が静かにその姿を現そうとしています。
最終更新日:2025年10月9日

